「下駄の日」の由来や歴史、意味は?下駄で歩くと裏側の歯の跡が…。

「下駄の日」という記念日があるのをご存知でしょうか。

日本古来の履物である下駄に親しみを持ってもらい、下駄の良さを見直すきっかけになれば、という思いで制定された日のようですが、

実はこの「下駄の日」。

1年のうち、7月22日と11月11日の二日あります。

それぞれの日で、制定された由来が興味深いので、紹介していきたいと思います。

 

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7月22日の由来

まずは7月22日に制定された由来をみていきましょう。

 

制定した団体と時期は?

7月22日が「下駄の日」として制定されたのは、1991年(平成3年)のことです。

前年の1990年(平成2年)に「日田木製履物連合会」という大分県日田市の団体が提案し、翌年に「全国木製はきもの業組合連合会」という団体が制定しました。

なぜ7月22日なの?

昔は、男物の下駄は7寸7分、女物の下駄は7寸2分と決まっていました。

男女用いずれも「7尺」台のサイズです。

7月の7は、この「7尺」という数字に由来しています。

 

また、下駄の底には2本の歯がついていますね。

この2本の歯が、漢字の「二」に似ており、下駄の底を二つ並べると

漢字の「二」がふたつ並んで見えますね。

このように見えることから、「22日」になったということです。

 

「7寸7分」、「7寸2分」は何センチくらい?

男物の下駄:7寸7分、女物の下駄:7寸2分は、センチになおすとどうなるのでしょうか。

1寸=30.303 mm

1分=3.0303mm

なので

 

7寸7分≒23.3センチ

7寸2分≒21.8センチ

となります。

 

つまり昔の人は、かなり足のサイズが小さかったと予想されますが、本当にそうなのでしょうか?

これを確かめるために昔の人の体格、つまり平均身長を調べてみました。

縄文時代~現在に至るまでの数値をグラフで表しています。

 

まず、男性の平均身長について

次に、女性の平均身長について

このグラフを見ると、男女ともに現代よりかなり背が低かったことが分かりますね。

ということで、身長に応じて足のサイズも小さかったのではないでしょうか

 

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11月11日の由来

次に「下駄の日」が11月11日に制定された由来をみていきましょう。

 

制定した団体と時期は?

11月11日を「下駄の日」として制定したのは、「伊豆長岡観光協会(現 伊豆の国市観光協会)」という団体です。

制定した年は、色々調べましたが掲載がありませんでした。

 

なぜ11月11日なの?

こちらの理由については、7月22日のものよりもシンプルです。

下駄の足跡が「11 11」に見えるから、11月11日、といことです。

↓こんな感じですね

 

11月11日に行われる下駄供養祭とは?


出典:https://yaplog.jp/izunokuni/

伊豆長岡温泉では、温泉街を訪れた観光客の方が使用した下駄に感謝の気持ちを込めて、「下駄供養祭」というイベントを開催しています。

こちらは、60年程続く歴史あるお祭りです。

お祭りならではの屋台の出店や、餅つき大会、太鼓演奏、餅まきなどが行われ、毎年賑わっているようです。

 

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下駄の歴史

下駄は、日本では弥生時代から使用されてきました。

当時は「田下駄」と呼ばれる、水田で作業する際に足を取られないようにするための下駄でした。

↓古墳時代のものと予想される田下駄


出典:https://ameblo.jp/yasudacchi/

 

↓田下駄を実際の農作業で使用している光景


出典:http://blog.nakaikeminet.raindrop.jp/

 

その後、下駄は庶民の履物として発展していきました。

昔の道は今のように舗装されておらず、ぬかるみが多かったので、履物を高くして、着物が汚れないようにする必要がありました。

そこで、足裏に歯のついた下駄が重宝されていたということです。

裏が平べったい今のような靴より、足裏に歯の付いた下駄の方が、凸凹した道は歩きやすかったという事情もあったようですね。

 

明治時代以降、高貴な方は靴を履き始めたようですが、庶民は相変わらず下駄を重宝し、1960年代までは、洋服に下駄履きで遊ぶ子どもも多く見られたようです。

 

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日本を代表する下駄5選!

古来より庶民に親しまれてきた下駄。

最近ではほとんど見ることがなくなってしまいましたが、改めて見てみると、とても魅力的な履物だと思います。

ここでは、日本を代表する下駄や、その生産地を5つ紹介しようと思います。

 

① 松永下駄

広島県福山市の松永地域で生産されている下駄です。

現在、日本下駄のうち約5割は松永下駄で、最も有名な下駄と言えます。

→松永下駄はこんな商品

② 日田下駄

大分県日田市で生産されている下駄です。

江戸時代後期に殖産興業の一環で生産が始まりました。

伝統的な下駄から、現代的なカラフルな下駄まで、色んなバリエーションがあります。

→日田下駄はこんな商品

③ 会津桐下駄

福島県会津若松市で生産されている下駄です。

「日本一の桐」と呼び声高い「会津桐」が使われており、木目がハッキリと表れている、特徴のある下駄です。

→会津桐下駄はこんな商品

④ 越後桐下駄

新潟県の中越地区で生産されている下駄です。

軽い上に、割れや伸縮がほとんどない「越後桐」が使われています。

越後という、気候の寒暖が激しい地域ならではの、美しい木目が特徴です。

→越後桐下駄はこんな商品

⑤ 駿河張下駄

静岡と言えば登呂遺跡。

その登呂遺跡では田下駄が発見されています。

江戸時代には、町民階級の履物として下駄が普及しました。

駿河張下駄 は、桐の柾経木(まさきょうぎ)を張った張下駄で、日本一繊細な細工を施した下駄と評されるほど、美しい下駄です。

 

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おすすめの下駄は「一本歯下駄」!

下駄と言えば、裏側に2本の歯がついているもの・・・と思いがちですが、実は、歯が1本しかない下駄が存在します。

それが「一本歯下駄」

このようなものです。

元々は、山道を歩くための下駄で、山の中で修行する僧侶や山伏などが使っていたそうです。

また、「天狗下駄」とも呼ばれ、イラストで描かれた天狗をよく見ると、「一本歯下駄」を履いているかと思います。


出典:https://www.share-art.jp/

歯が一本しかないということは、当然バランスをとるのが難しく、履いているだけで体幹が鍛えられるのです。

そこで、最近ではアスリートがトレーニングに、この「一本歯下駄」を取り入れることが多くなってきました。

スピードスケートで、平昌オリンピック金メダリストの小平選手が使っていたことは有名です。


出典:YOMIURI ONLINE

アスリートだけではなく、普段使いにこの下駄を履くことで、肩こりや腰痛が改善された事例も多く、かなり注目され始めてきています。

私の経験談をこちらの記事にまとめているので、興味があれば読んでみて下さい。

「一本歯下駄で超サッカートレーニング。子供を変えたスゴイ効果とは!」

「3歳の娘が一本歯下駄でトレーニングした結果は?子供は室内でもできるよ!」

 

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は

について、紹介してみました。

それぞれの項目をクリックすると、そこから読み直すことができます。

 

日本古来の履物である下駄に、少しでも興味を持っていただけたら嬉しく思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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